リスカ

ほんとうに死ぬつもりで切るのなら、治療不可能なくらいに切っている。

 

死ぬのはこわい。それに、痛いのがわかるから、いやだ。

かといって、この苦しい世界で生きていたくもない。

その苦しさが、恐怖や痛みを通り越して、だれもが感じるものを感じられなくなって、切ってしまう。

死の恐怖はあるけれど、それ以上に生きていることがつらくって、どうしたら自分はこのつらさから逃れられるのか、どうすればこのクソみたいな世界を変えられるのか、なにをすれば私の心をゴミのように踏んづけるあいつを消し去ることができるのか。

頭の中で一生懸命考えて、考えて、考えて……考えた末に、なにもない。なにもできない。

必死にあらがって、なにも答えのない不安と恐怖を乗り越えようとして、誰にも頼れず、心臓を握り潰すようにして絞り出した答えがリストカットだった。

 

なにもせず、なにもできずに、ただ時間が過ぎるのを待っていたら、さきに私の頭が狂ってしまう。

心がさきに潰れてしまう。

2度と元には戻らない傷を見たら、親や教師が助けてくれるかもしれないなんて、考えちゃあいない。

なにも変わらない苦しみの中にいるよりは、現実的な手首の痛みと傷口を眺めていることで、心がすこし、すこしだけ、救われる。

そんなわずかな安心を得るために、それを得て、耐えて、この先のあるかどうかもわからない希望をつかむために、手首を切る。

 

生きるために。

 

優しい顔をして「いつでも相談しな」と言う大人は、私の本当の痛みに気づいてくれない。

学校を休んだ理由よりも、休んだことしか見えていない親にしかられる。

教師は無能だ。

彼らは生徒に関心がない。

順風満帆に生きてきて、死にたいくらいの心の痛みを知らない教師。汚い社会の人間関係の渦に巻き込まれたことのない教師が、私たちの心の痛みを理解できる道理はない。

 

「そんなことをしたら、親御さんが悲しむだろう」と言った教師は、その「親」とやらが理由で、私が手首を切っていることに気がつかない。気がつけない。

「何か悩んでいるのだったら、いつでも相談しな」と言った担任が指導するクラスでいじめられている。相談するに値する教師だったら、その前にこのいじめに気がついて、対応してくれてもいいじゃないか。

「命を粗末にするな」と語る先生は、生きることよりもつらい現実に出会ったことがないのだろう。

 

だから、彼らにはわからない。

生きるために、自分を傷つけることの価値が。

手首にきざまれた、このいまいましい傷の跡は、私が「生きたい」と願った証拠。

このただれた皮膚の分厚さが、誰よりも強く生きようとする、私の希望なのだ。

 

わかってくれとは言わないけれど、どうか止めないでほしい。

私は、生きたくて、今日もすこしだけ血を流す。