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人間とネズミは発情期がないんだとか。
人間は生活が年中安定して、いつでも子育てができるから。

ネズミは、量で生き残るため。

人とネズミ。なんだか不思議なシンパシーを感じるんだよなー。好きですよね人間って、ネズミのこと。もちろん、家にネズミがいたら叫びますけど、キャラクターとしてのネズミは好きなんですよねえ。なぜだか。

あ。話がそれる。
発情期。人間の。
ないんですよねえ。必要なくなったらしいです。
まず、ちょっと長めの前置きをします。

1.生活安定していつでも発情OK

動物界、自然界は生存が厳しいので、特に冬に子どもが生まれたら生存確率下がりますよね。
動物の生息環境にもよりますが、
子育てに最適な時期に子どもが生まれるタイミングで、発情するという戦略、
生物としてめちゃくちゃ賢いです。

人間はどうでしょ。
氷河期を火と毛皮と洞窟で生き残り、採取と狩猟を中心とした、その日暮らしの生活が終わって、農耕牧畜がはじまって、食料の貯蔵ができるようになって、建築も進歩して安全な生活ができるようになり、米が広まって爆発的に人間が増え、子ども産めば産むほど増えるようになったんですね。

その辺のことは教科書に書いてあった気がします。
文明が発達して、通貨が生まれ、人が個人で資産を持つようになり、分け合って生き延びる文化がなくなりましたね。格差爆誕です。
全世界を平均すれば出生児の生存率は高まってるのでしょうけど、冒頭で述べたように、
「生活が年中安定した」
という理由に関して、この点で言い切れないですよねえ。

ただ、人間が子孫を残すために「発情期」を不要とする進化を遂げたのは合理的です。
というか淘汰ですよね。
生活水準を満たしているならば、いつでも子育てができるのに、1年に数回しか発情できない人間って、子孫を残す機会を、たっくさん損失してます。なんだったら、生活水準満たしていなくても、生き残ることのできる生活レベルであれば、生物としては子孫を残すことに成功するので、オッケーなんですよね。クズな言い方ですが。

いつでも性欲スイッチの入る人間が、より多くの子孫を残すことに成功してきたのでしょう。シンプルに言うと性欲が強いほど遺伝子を残せる可能性が高い。と。

あっれ。なんかものすごくクズい話になってきたかも。

まず、人がいつでも発情スイッチ入る理由の一つが、わかりました。ね。

2.諸説あり

ぼくは個人的に、生活の安定が、発情期損失の一番の理由だと納得しましたが、ほかにも説があるようです。なので、いちおう補足します。

a.雌の個体によって排卵日がバラバラ

五感で女性の排卵日わかりませんよね。いつ妊娠できる状態か、まったくわかりません。排卵周期に関する知識のない女性なら、本人ですらわからないことです。しかも、ひとりひとりの妊娠可能日が違う。これはもうお手上げ。

雄としては、わからないならとにかく何度もやろうって考えるのが自然。
つまり、
「いつかわからないから、いつでも発情しちゃえ説」

あ、でも女性は排卵周期に影響されてホルモンが分泌され、性欲が高まるタイミングがあるそうです。それははっきりと五感で確認できはしませんが、「ちょっといつもより体が火照るわ」なんてことはあるらしい。女性に聞いてみたい。

b.コスパ悪い。リスク高い。

10ヶ月妊娠して1人か2人。
妊娠期間中は多くのお金と栄養、休息や体力が必要だし、出産失敗した時の母体の肉体的、経済的リスクは計り知れません。

言い換えれば、産める時に産まないと、体力が落ちたり、経済的に貧しくなった時に、育てられなくなる。ということ。

だから、いつでも発情できる状態でいることで、産めるタイミングを逃さないという戦略ですね。
つまりー、
「いましかないかもだから、いつでも発情しておこう説」

c.発情スイッチがチョロい

発情期のある動物は、
「発情していない時には、いくら色気を出してもムラムラしない」
のですが、人間は、
「色気を見せたら、すーぐスイッチ入る」
という生物の性質を残した。

ぼくは、この性質は、
「いつでも発情期」という性質が前提にありきの、さらに加えて、発動条件を作る必要があったからこその副産物だと考えました。

というのは、いつでも発情期ということは、いつでも発情しないという理性的な言い方も可能だからです。
それでは人間は生物として生き残れない。
だから、スイッチの入る条件を、脳に刻んでおいて、それを満たせばアッサリ発情するという戦略。
つまり、
「ずっとスイッチ入らないと困るから、いつでも発情する仕組みを使っておこう説」

d.快感欲求がハンパない

単純に行為の快感が凄まじいので、脳がそれを忘れられず、常にスイッチが入ってしまうというもの。
これも「年中発情期」を補完するための、後天的に加わった条件に思えるのですが、どうでしょう。いやでも、ここまで強い快楽なら、1年に数回しか発情期を持たないという条件とは相性が悪いですよね。
んー。わからん。
卵か鶏どちらが先に。みたいな議論になりそうです。

「あまりに快感だから、もういつでもしたくなっちゃう生き物になってしもた説」
ってことかな......クズい...


どーです?
推しの説ありました?
他にも考えたら出てきそうですね。

あ、そーだ。
最後に1つ。ぼく的になかなかイイ説だなあと感じたものを。

e.愛情深めようよお

今までの説が、
「性行為の前」
に焦点が当たっていたのに対して、この説は、
「出産後」
にウエイトが置かれています。

人間は、他の動物と比べて、圧倒的に子育てに要する時間が長いですよね。就職を節目とするのなら、義務教育を終えるまで。15年です。

大学を出るまでとするなら22年。
長い!

つまり、その間に夫婦の愛情が失われてしまえば、とたんに家庭の経済が火の車。片親での子育ての苦労は、ぼくが語るまでもありません。夫婦の絆が強く、それが恒久的であることは、人間が子育てをする上での必須条件と言えます。

それを叶えるための戦略として、
「繁殖にまったく必要のない性行為」
を、コミュニケーションを深める有効な手段として、子孫を残すための必要な手段として日常生活に組み込んだ。

んーっ。ステキな説です!
推したい!

「愛が深けりゃ子も育つ。セックスしたら、愛育つ。説」
ですねえ。
下品な言い方ですが、お許しあれ。


さて、ほかになにか思い当たるものがありましたら教えてくださいませ。
こういうの考えるの好きなんですよ〜。

3.もし人間に「発情期」があったら、ぼくは100%クズになる

若い的ほんとクズでした。
性欲がありあまっていて、モンスターでした。
理性と野性がブレンドして、ほどよくバランスを保つことのできる領域に達するには、10や20の年月では足りません。少なくとも、ぼくには。

人って、是か非ですよね。
一度に二つの答えを出せない。
それが叶うシーンはありますが、多くはない。
「保留」という選択ですら、
「やる」という選択に非を唱えてるわけですから。是か非です。

今、この瞬間、性衝動に駆られてしまった場合に、
「性欲を満たしながらも、理性的に発情を抑え込む」
なんてことができないんです。

え?できます?
......すげえ。
ぼくできないんすよ。

ただ、長年の訓練と経験の蓄積から、
「性欲を保留にして、理性的な満足感を得ることで性衝動を上書きして蓋をする」
という技術を開発しました。

万人に通ずる技術ではありませんが、似たようなスキルを習得している人は、少なからずいるはずです。

ぼくの場合は、
「人をあまりに多く深く傷つけたので、それを繰り返したくないという理由で、それも、傷つけた自分でいることに疲れるからという利己的で自己満足な理由で、性衝動回避スキルを獲得したかった」
なーんていう、非常にゴミなルートを辿っています。

なんだか大それたことをほざいてますが、もし、人間に「発情期」という性質が残っていたら、ぼくは100%それに逆らえない。

まあ、逆らえたら「発情期」とは言えないので、んー、あたりまえのことではあるのですが。

確実にクズな人間になるんですよねえ。
それは発情期があるからというより、発情期によって、ぼくの持つクズな性格が、爆発的に噴火して、否応無しに悪害を撒き散らす自信があるんです。

人間が未来を予測する方法って、過去の経験をベースにする他ありませんよね。
過去の自分と今の自分の点と点を結び、その先に向かう線を予測する。
その先が、なんど検証してもクズな方向に導かれてしまうので、確信せざるを得ないというわけです。

4.最悪のケースを想定して、対応策を練りこんでおきたい

さて、ぼくは先に申し上げた通り、この上ないクズ太郎なので、いざ!目の前にアッハーン、ウッフーンな美女が現れ、誘惑されてしまったとしたら、ほぼほぼ発情します。

しかし、どうでしょう。
ぼくは、発情はするものの(やっぱするんかい)
その美女をひと目見て、すぐに踵を返し、立ち去ります。

これはぼくの訓練の賜物です。
つまり、想定の範囲内ということです。

説明しよう!!
このスーパーダメゴミクズ太郎カス人間の、きゃろちんは、クズであるがゆえに!
そう!それ故に!!!
あらゆるクズオチ(クズな状態に陥ること)
のシーンを想定して、全てのシーンに対して、理性的かつ平和的な性衝動回避方法を検討しているのだ!!!

ヤバイでしょ?
頭おかしいのかなーって自分でも思います。

しかしですねえ、ぼくからすればこれはあたりまえの対策なんです。

過去に人を傷つけて、それゆえ自分も傷ついて、そんな時に、「同じ失敗をしたくない」そう思うのってあたりまえじゃあ、ありませんか。

人間は、いや、動物は「痛み」に対して、とっても敏感に、臆病に怖がりに作られています。

それは生存するためでもあります。危険回避のためです。

5.【余談】危機察知&回避能力

たとえば、ぼくらはスキンヘッドでグラサンかけて黒いスーツに身をまとった、金の時計して、手首にチラッと入れ墨の見えてる、こわ〜いお兄様方を見かけたら、避けますよね?

怖いですもんね。なぜ怖いかって。知ってるから。というより、そう刷り込まれているからですよね。映画?漫画?何かで見たか、聞いたか。連想しているんです。連想して、恐怖を感じる。

ある条件と、恐怖をリンクさせて、連想し、回避する。
これは生物としての本能。必要な能力です。

これをよく分からん理由で、
「俺はそんなんビビらねえし!」とか意味不明なことを言って、声かけたりして殴られるとか、もう、なんか、頭が悪いとしか言いようがないじゃないですか。

避けましょうよ、危険は。あたりまえです。

現代の日本はあまりに安全で、いや安全ではないのですが、安全という神話が蔓延しすぎて、みなさん麻痺なさっていらっしゃいます。

檻の向こうの虎ばかり見ているので、とつぜん野生の虎が現れても、とっさに回避行動を取れない。その数秒の間に、喉元を噛み切られます。お疲れ様でした。

ちょっとまた話がそれそうなので、この件はまた今度話すとして、何が言いたいかというと、
「ぼくは本能に従ってるだけなんだい!」
みたいな言い逃れです。

こわいんですよねえ。
ただただ。

同じことが起こってほしくない。
そうならないように、できることはやりたい。
できる限りの想定を尽くし、可能な限りの対応策を練りに練って検討しておき、いざその時が来たら、100%とはいえずとも、それに近い確率で、クズなパターンを回避できるようにしておきたい。

それだけ。

6.みなさんどーです?性衝動。向き合ってます?

ぼくね。性衝動が悪だとは考えていないんです。だってそれを否定したら、ぼくの生命の起源を否定するようなものです。
もし悪なのだとしたら、必要悪です。

だから、性衝動を無くそうなんてことを言ってるのではなくて、
「どう向き合うのか」
を、考えておくべきかな。
と言っています。

性犯罪って、想像の欠如だと思うんです。
その時になって、性衝動を抑えられないのって、訓練不足だなって思います。
「性衝動」そのものが悪だとは思いません。
そして、性衝動と向き合えない人の多さは、日本の性教育が、あまりに消極的だからだとも考えています。

臭いものには蓋をする文化。
見た目が美しければ、中身もおそらく美しいだろうとみんなが仮定して、そのまま中身だけ腐り続ける文化。

その弊害だと思っています。

未然に防ぎたい気持ちが先行して、この人類ある限り消え去らない大問題に蓋をして、隠して、子どもは純粋だから見せてはいけないとか、わけのわからんことを言って遠ざけ、もっとも考えるべき思春期に触れることなく深く掘り下げず、とつぜん大人になった18歳のある日から、完璧な性判断能力を求められる。

もっと見せたらいいと思います。
見せて、自分の目と心で判断する力を養わないと、いざ、自分の力だけで、性衝動に立ち向かわなくてはならない時、正しい判断が出来ない。
その一度の過ちで、人生が終わる。

ぼくらはもっと、若い人に性をオープンにするべきです。そして、訓練する。安全な場所。つまり学校や家庭で。大人に守られながら、指導を受けながらね。

どんな才能のあるスポーツ選手も、練習で出来ないことが本番でできるなんてことはありません。

練習が必要です。
何度も考えを巡らせ、時に迷い、恥じらい、困惑しながら、手探りで答えを見つけていく。

どんな問題でも、本来その過程を辿ります。

性の問題だけが、その学習を、省き、とつぜん目の前に覆いかぶさる。

そしたら盲目になってしまうのも無理はありません。

性犯罪は本人の責任であることに疑いの余地はありませんが、訓練で補う余地があることも、疑えたものではありません。

いやー。長々と語ってしまった!
すっきりしたー。

おつかれさまでしたーっ。